すずわん日記

40代でサラリーマンの限界を感じました。これを良い経験として、この後の人生を楽しく豊かに過ごせるように考えたことを書いていきます。

「脳」と「会社」の類似点

先日、西城秀樹さんが亡くなりました。

まだまだ活躍出来る年齢のはずですが、残念です。

脳梗塞を2度経験されていたとの事ですが、重度の障害が残っていたにも関わらず、前向きに生きていた、という報道を見て元気をもらいました。

ご冥福をお祈りします。

 

脳に出来た「キズ」は治らない

僕も3年前に脳梗塞で倒れています。

MRIで脳を輪切りにして撮影すると、左の小脳に2cm〜3㎝ほどの大きさで白く写っている部分があります。

動脈から分岐した細い血管が詰まり、その先にある脳細胞が活動出来なくなり壊死した部分が白くなったもので、お医者さんは「キズ」と呼んでいます。

「キズ」はもう二度と復活する事はありません。

主治医からは身体のバランスを司っている部分と聞きましたが、退院後も以前と変わりなくスノーボードが出来たり車の運転が出来たりとバランス系の後遺症は感じないので、具体的に何の機能が失われてしまったかは、結局は今でもわかりません。

f:id:katsu-r2438:20180519090458j:image

脳は失った機能を神経回路を繋ぎ変えて、別の箇所で補填するといいますが、自分の脳もそういった修復がされているのかな、とも感じます。

 

「会社の歯車」として生きること

脳の「キズ」の事を考えていたら、組織に属して歯車として仕事をする自分を連想してしまいました。

会社では僕も1つの歯車です。今回ウツ病で休暇を取りましたが、ある程度大きな会社組織は僕が1人休んだくらいでは、代替のリソースを用意して普通に仕事が回ります。

脳細胞間は情報を伝達する機能を持ち、サラリーマンは情報を連携しながら仕事をする、と考えれば、脳細胞と会社は似たような動きをしています。そして今休んでいる僕は会社にとっては「キズ」になります。

しかし脳の「キズ」とサラリーマンが違う点は、サラリーマンは復職すれば何かしら別の歯車の機能を与えられて淡々と仕事をして行くことが出来る事です。復活が出来ます。

f:id:katsu-r2438:20180519090556j:image

サラリーマンにおける歯車という表現は悪い捉え方をされますが、別に悪い言葉ではないと考えます。

歯車は歯車として何かしらの役割があり、その立場は安定しています。

不満はあるとしても家族の状況やお金の事を考えて、それが精一杯の判断であれば受け入れればよいし、甘んじる事が出来なければ努力をして独立したり、別な会社の歯車になればよいのです。

 

「血管」は何を求めて、どこに伸びるのか

先日、久しぶりにMRIを撮ったら、あいかわらず「キズ」はハッキリと画像に写っていましたが、詰まって迷路の行き止まりのようになっていた原因の血管は元のように先に伸びようとして、その部分が薄っすらと長くなっていました。

血管が復活するとは思っていなかったので、少し驚きです。

「キズ」は復活しないので、血管が何を求めて脳のどこの箇所に血液を供給する為に復活をしようとしているかはわかりません。

しかし頑張って地道に前に進もうとしていました。

f:id:katsu-r2438:20180519090917j:image

血液を求める脳細胞が他にどこかにあるのでしょうか。

人間も同様に、自分を求めている人や組織や社会がどこかにあるのかもしれないです。

今の会社なのか、それ以外の広い世間一般のどこかに。

それを探しながら、僕も「どこか」に伸びて行きます。